会うと会わぬ

会う意志があるけど行動に及ばず、結果として会わないという状態が長く続いている。とはいえ電話やメールくらい連絡先は生きた状態にしておいて欲しいと思う。

 

先日帰省して母に会ったが、訪れる一週間ほど前から体調を崩してほぼ寝たきりで、会話も単語ひとつふたつがせいぜいであった。ただし耳は聞こえているので返事はなくとも話しかけた。2月の頭にはクロスカントリースキーの大会に出て5キロではあるが完走していた体力があったにもかかわらず、そこから二週間ほどで自立不能にまでなってしまったのだから、病の進行はなだらかではなくガクっとくるものだなと改めて思う。昨年の12月には通院先も治療用の病院から緩和メインの病院に引き継ぎされており、入院はいつでもという状態になっていた。ただ父が自分で世話をしたいと強くいうこともあり自立不能になってからも入院せず自宅で療養していた。知識も道具もなく、感情的な部分もあるので世話されている側にとっては良いといえる状態ではないように見えた。それでも2,3日前まで母は、這いながら手洗いまで行っていたという。いよいよ動けなくなって仕方なく世話になっている感じである。


この状態では互いに疲弊しているだけなので、入院手続きをするよう伝えた。入院すると家に戻れなくなってしまうという危惧が父にはあるが、母は退院してくるつもりである。


翌日午前中に入院の連絡をして介護タクシーで移動した。フラットな状態で持ち上げてそのままフルフラットタイプの車椅子に乗せてもらった。飛び込みにも関わらず病院での手配はすばやく、検査→結果待ち→入院と半日で対応してもらえて大変助かった。(事前に入院希望日を伝えていれば、もっとスムーズであったとは思うが) 

医師の説明を受け、ここ一週間が山場という話を聞かされる。検査結果もよろしくない。他臓器への転移と、感染症の危険性などを説明される。延命が必要な際にどのような治療方法を希望するかという書類に選択してサインをするため、各個人の意見を取る。


「その場合が来たとき、どうするか」


どんな場合なのか、この一行でフォローできる状況なんてあるのだろうか。蘇生しても意思疎通ができないですよとか、蘇生しても自発呼吸できないですよ、とかそういうこと記載すればいいのに、この紙にはぼんやりといたことしか書かれていない。ここにいない家人の意見もとるため、持ち帰り案件とした。 

朝イチで実家に行って、入院手続きして戻ってくるともう夕方。帰りの移動時間との兼ね合いから30分程度話をして辞去する。24時間世話をしていた彼らの助けになったのかは不明であるが、滞っていたものや懸案事項についてはある程度進展できたのではないだろうか。連絡を取るべき親族も多くはないが、生存確認のできていない妹について、連絡がつくように依頼を受けた。彼女とは無知と怠惰の塊なのでここ15年くらい没交渉である。向こうから電話を着信拒否しているので私が連絡を取るにも取れない。実家からの連絡にも電源を切っているのか、出ない状態だという。癌発覚時に電話をしたときは通じたが、今は全然つながらない。昨年年末に母が心配して妹の家の前までいくも、本当にここにまだ住んでいるのか分からず、呼んでもでないので諦めて帰ってきたという。常識が通じない人間であることはずっと前から知っているので、このままだと死んでも来ないなと思う。自分でどうするべきか、という判断や責任からずっと逃げてきたタイプである。とはいえ過去には長年付き合いがあったのだし、こういうのは外堀から埋めることにした。 

該当物件を管理している会社を調べてそこに連絡。管理会社の変更を確認したので、新しい会社に連絡。親族で連絡不通で困っている旨を伝えると管理会社の人も優しく教えてくれた。該当物件を借りている人間に変更はなく引き続き住んでいる。連絡であればお手紙を投函できるので本日中に行ってくる。とのことであった。数時間で連絡をいただき、呼び出しをしても本人は出てくれなかったが、部屋の電気はついていて電気メーターも回っている。ただ投函した手紙は回収されていたので、居留守状態であると思われる。速やかな対応に感謝である。その後、妹から実家へ電話があったと連絡があった。ひとまず連絡が取れたので親はよしとしているが、私はちっともよいと思っていない。同じように連絡不通になったら再度外堀を埋める方法でいくつもり。

 

これやこの ゆくもかえるも わかれては しるもしらぬも あふさかのせき